目標管理制度では、上司と部下が話し合って期初に目標を設定します。通常は上司が目標を示す、あるいは部下が新しいアイデアを持ってきたとき、上司がそれを評価し、やるかやらないかを判断する。そして、合意したものが目標に設定されます。
でも、本当にそれだけでいいのでしょうか。
上司は、自分の知識や経験をもとに判断します。それ自体は当然のことです。
しかし、本当に新しいアイデアほど、過去の経験では評価できません。
「そんなものは売れない」
「うちの会社には合わない」
「前にも似たようなことをやって失敗した」
上司から見れば、極めて合理的な判断かもしれません。
でも、どんなに優秀な上司でも、上司が理解でき、成功すると思えるものだけを選んでいたら、結局、これまでの延長線上のものしか残らない。
たとえば15,6年ほど前に、部下が「AIを使った新しいビジネスに挑戦したい」と主張しても、ほとんどの上司は「まだ早い」と却下したのではないでしょうか。
もちろん、新しいことへの挑戦にはリスクがあります。失敗する可能性も高い。だから上司が反対すること自体は、おかしなことではありません。
それでも、「リスクを取ってでも、どうしてもやりたい」という社員がいる。
私は、そういう社員の熱量を、上司一人の判断で潰してはいけないと思います。
すべての社員に自由な挑戦を求める必要はありません。そういうことを望まない社員もいます。
しかし、どうしても挑戦したい社員には、上司が反対しても挑戦できる余地を残しておく。
そのためには、本人が希望すれば、仕事や目標の一部を上司の承認から切り離した「自由枠」にするなど、制度としての余白をつくっておくことも必要だと思います。
「自由に挑戦してください」と言うだけでは、新しいものはなかなか生まれません。
イノベーションを生み出したいなら、リスクを取ってでも挑戦したい人の熱量を、上司一人の判断で潰さない。
そのための仕組みを、会社が意図的につくる必要があるのではないでしょうか。
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www.linkedin.com/in/jun-shibata-625908400社員の評価への納得性を高めるために、できるだけ客観的な基準をつくり、その基準に沿って評価する。多くの会社が、評価の客観性を高めようとしています。
もちろん、客観的な基準は必要です。MBO(目標管理)は、そのために極めて有効なやり方だと思っています。
ただ、評価者の主観を極力排除し、客観的な基準だけで評価を決めれば、社員の納得が得られる、という考え方には違和感があります。
たとえば基準を明確にすればするほど、人はその基準に合わせにいきます。
野球で「160キロを投げれば高評価」という基準をつくれば、160キロを出すことが目的になります。でも、球が速くても勝てないピッチャーもいれば、速くなくても勝つピッチャーもいます。本当に大切なのは、チームとして勝つことです。
そもそもMBOでも、何を目標にするのか、どの水準を求めるのか、その達成をどう評価するのか。そこには必ず上司の主観的な判断が入ります。
会社で求められるのも、一人ひとりが役割を果たし、チームとして成果を出すことです。
最後は、上司がその人の仕事をきちんと見て、判断するしかありません。
評価は主観であっていい。それを恐れてはいけない。
社員の納得は、主観を極力排除することで得られるものではないと思います。
上司と部下が、チームと個人の成長につながる目標をきちんと握る。上司はその仕事をきちんと見て、なぜこの評価なのかを自分の言葉で説明する。そこに初めて納得が生まれるのではないでしょうか。
だからこそ、上司はその評価に責任を持つ。
そして、部下への評価によって、上司自身も評価される。
評価することは、上司の最も重要な仕事なのだと思います。
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www.linkedin.com/in/jun-shibata-625908400不祥事は、どんな会社でも起こり得ます。
一に初動、二に初動。
まずは初動が大事です。初動が後手に回ると、その後はすべて後追いの対応となり、状況が悪化します。
社長は人任せにせず、自らプライオリティを上げて対応する。必要最小限のメンバーで動き、情報管理を徹底する。必要なら、弁護士など外部の専門家も早く入れる。
不祥事対応は「場数」がものを言います。平時からリスク対応の経験者を社内で育てておくことも重要です。
次に、常に最悪のシナリオから考える。
「これだけなら大したことはない」ではなく、「もし最悪だったら」と考えて調査し、備える。先手を打つ。被害者がいるなら、会社側の論理ではなく、被害者の視点から考える。
そして、第三者からどう見えるかで判断する。
事実を自分たちに都合よく解釈するのではなく、「第三者から見てどう見えるか」で判断する。場合によっては、社外取締役にも早い段階で情報を共有し、意見を聞く必要があります。
不祥事対応に必要な費用を惜しんではいけません。レピュテーションやブランドの毀損は、対応にかける費用とは比較にならないからです。
そして、社長にとって最も重要なのは、悪い情報がきちんと自分まで上がってくる会社を、平時からつくっておくことです。
記者会見で、ときどき「私は知りませんでした」と説明するトップがいます。しかし、それは「会社で起きている重要な問題を、自分は把握できていなかった」と公言しているに他なりません。
「知らなかった」は、経営者にとっては免責ではなく、失格を意味します。
不祥事対応は、不祥事が起きてから始まるのではありません。
悪い情報が迅速にトップに上がってくる会社をつくり、いざというときには自ら前面に立つ。そこまで含めて、経営者の責任なのだと思います。
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www.linkedin.com/in/jun-shibata-625908400役員は、退任時に「退任後1年間は競合他社の役員や従業員になってはならない」といった競業避止条項の遵守を求められることがあります。
役員の皆さんは、こうした条項を当たり前のように受け入れていないでしょうか。
会社にとって、退任した役員が競合他社に移ることを避けたい事情は理解できます。しかし、会社の判断で退任することになった役員の、その後のキャリアまで制限するのであれば、役員は「その制約に対する対価はどうなるのか」と主張してよいのではないでしょうか。
もちろん、会社の秘密を守ることは当然です。しかし、守秘義務と「競合会社では働いてはいけない」という競業避止義務は別の問題です。
欧米では、エグゼクティブの退任に際して、競業制限と経済的補償をセットで考えるのが一般的です。日本でも競業避止義務は無制限に認められるものではありません。
競業を禁止するのであれば、その期間について会社が補償する。補償をしないのであれば、競業禁止を求めない。
ところが日本では、特に伝統的な企業ほど、こうした条項が慣行として入れられ、役員も深く考えずに受け入れてしまうことが多いのではないかと思います。
しかし、私は役員自身がもっと主張していいと思っています。
「なぜ1年間なのか」
「どこまでが競合なのか」
「その間の補償はどうなるのか」。
これは無理な要求ではなく、自分のキャリアを制限する条件について、きちんと交渉するということです。
こうした役員側の意識が高まれば、経営人材の流動性も高まり、経営者の経験や能力が会社を超えて市場で評価されるようになるのではないでしょうか。
会社に自分のキャリアを委ねるのではなく、自分のキャリアの価値を自分で主張する。
日本の経営人材市場を活性化するには、役員自身のこうした姿勢も必要だと思います。
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www.linkedin.com/in/jun-shibata-625908400社員の評価は上司が行います。上司は部下を評価し、フィードバックを行い、育成します。そして前回のコラムで触れた通り、上司はその部下の評価を通じて、自らも評価されることになります。
では、CEOは誰が評価するのでしょうか。
CEOには上司がいません。だからこそ、取締役会、とりわけ社外取締役が中心となってCEOを客観的に評価し、率直なフィードバックを行うことが求められます。これは、社外取締役に期待される最も重要な役割の一つだと思います。
ところが、創業者や業績を大きく伸ばした実力CEOほど、その存在感は大きくなります。取締役や社外取締役も異を唱えにくくなり、「CEOにものが言えない」空気が生まれることは決して珍しくないでしょう。しかし、その状態こそがガバナンス上、最も危険だと思います。
いざ不祥事や経営判断の誤りが起きたとき、取締役会は「もっと早く指摘すべきだった」「なぜ止められなかったのか」と問われるケースがあります。そして、CEOの交代が必要になったとしても、それまで十分な評価やフィードバックを行っていなければ、客観的な根拠を持って判断することができません。場合によっては、取締役が善管注意義務違反を問われる可能性もあります。
だからこそ、CEO評価は報酬委員会や指名委員会において、毎年欠かさず実施する必要があると思います。その目的は、業績連動報酬を決めることだけではありません。取締役会がCEOに対して率直にフィードバックを行い、必要なことを言える関係を構築することにあるのではないでしょうか。また、就任間もないCEOであれば、その成長を支援する育成の機会にもなるでしょう。
このプロセスを平時から積み重ねていれば、万一、CEOの続投や交代を判断しなければならない局面になっても、印象論や一時的な業績ではなく、毎年の評価と対話の蓄積という客観的な事実に基づいて意思決定を行うことができるはずです。
CEO評価とは、CEOを評価する制度であると同時に、取締役会が必要なときには適切な選任・再任・解任を行うためのガバナンスの基盤であると思います。
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www.linkedin.com/in/jun-shibata-625908400企業では、マネージャーを評価するとき、担当部門の売上や利益、目標達成率などの業績が重視されます。
もちろん、それらはたいへん重要です。しかし、私はそれだけではマネージャーを正しく評価することはできないと思っています。
マネージャーの最も重要な仕事は、人をフェアに評価し、その評価を通じて人を育てることだと思います。
評価は給与や賞与を決めるためだけの査定ではありません。部下の強みや課題を明らかにし、成長につなげるためのマネジメントそのものです。
同時に、その評価を上司や会社に正しく伝えることも、マネージャーの重要な責任です。なぜならば戦略的人事は、一人ひとりの評価が正確であって初めて機能するからです。
だからこそ、部下をどう評価し、どう育てたかは、マネージャーの力量が最も表れる仕事だと私は考えています。
よく評価面談で、こんな言葉を耳にします。
「私はもっと高く評価したいんだけど、制度上これ以上はつけられない。」
部下に厳しいことを言いたくないから制度を言い訳にする。一方で、自分に従順な部下をそれだけの理由で高く評価する。
私は、そのようなマネージャーは評価者としての責任を果たしていないダメなマネージャーだと思います。
では、誰がマネージャーを評価するのでしょうか。
それはその上司の仕事です。
上司が見るべきなのは、部門の業績だけではありません。
部下一人ひとりをフェアに評価し、成長につながるフィードバックを行っているか。そして、その評価を会社に正しく伝えているか。
別の言い方をすると「人を見る目があるか」かもしれません。
これこそが、上司がマネージャーを評価する最大のポイントではないでしょうか。
マネージャーは部下を評価する立場です。しかし同時に、自らも「部下をどう育て、どう評価したか」によって評価される立場でもあります。
人が育つ会社とは、マネージャー自身がこの視点で評価される会社なのだと、私は考えています。
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www.linkedin.com/in/jun-shibata-625908400 不祥事が起きるたびに目にする「役員報酬の自主返上」という言葉。
私は以前から、この表現に違和感を覚えてきました。実際には、執行側と社外取締役との間で、「これくらいの報酬減額は必要だろう」という議論や調整が行われたうえで決まるケースも少なくないでしょう。それにもかかわらず、「自主返上」と表現することで、誰が、どのような理由や根拠で、対象者や減額幅を判断したのかが曖昧になってしまいます。
私は、この日本的な曖昧さに違和感を覚えるのです。
実際に海外の役員には、この「自主返上」という考え方はほとんど理解されません。彼らがまず確認するのは、「誰が、どういう根拠で決めたのか」です。
私が報酬委員会の事務局を務めていた際には、不正や重大なコンプライアンス違反だけでなく、一定の業績悪化についても、報酬委員会が報酬の減額を決定できるよう規程を整備しました。責任を個人の判断に委ねるのではなく、機関決定によって対応するためです。
日本でも最近は、欧米で導入が進むマルスやクローバックといった規定を取り入れる企業が増えています。しかし、これを単に制度を導入したというアリバイ作りに終わらせないためには、どのような場合に、誰が、どのような手続きで、誰に対して、どの程度の減額を行うのか。その運用ルールをあらかじめ定め、報酬委員会や取締役会に機関として判断する権限と責任を持たせておくことが不可欠です。
役員報酬を減額するかどうか、減額するとすれば誰を対象にし、どの程度減額するのか。その判断責任を負うのは、株主からその役割を託された委員会を構成する社外取締役です。
報酬委員会は、「報酬を決める権限」だけでなく、「報酬を減額する責任」も引き受けなければなりません。私は、それができて初めて報酬ガバナンスは機能すると考えています。
指名・報酬委員会の事務局というと、多くの人は会議の日程を調整し、資料をまとめ、議事録を作る「事務屋」を思い浮かべるかもしれません。
しかし、現場で関わってきた私の実感はまったく違います。
事務局こそが委員会の価値を左右します。
事務局の仕事は、会議の準備ではありません。もっとも重要な役割は、執行側として委員会に何を提案するのか、その案を作ることです。
アジェンダ設定、CEOの後継者計画、役員候補者の選任、報酬制度の見直し、業績目標の設定などについて、CEO、CHRO、CFOをはじめとする執行側の役員と十分に議論し、意見を調整しながら執行側としての考えを整理し、事務局案として委員会に付議します。
一方で、委員長とも密にコミュニケーションを取ります。ただし、結論を事前に決めるためではありません。委員長がどの論点を重視し、どのような情報があれば委員の議論が深まるのかを確認し、それを踏まえてアジェンダや資料をブラッシュアップするためです。
事務局は、執行側の提案と委員長の問題意識の双方を理解し、委員会で本質的な議論が行われる舞台を整えます。この準備が、委員会の議論の質を大きく左右します。
もちろん、事務局の役割は執行側の結論を何が何でも通すことではありません。
執行側として責任ある提案を行うことと、委員会でフェアな議論が行われるよう支えること。この二つを両立させることこそが、事務局に求められる役割です。
事務局は単なる「事務屋」ではありません。
執行と社外取締役をつなぎ、委員会の価値を最大化するプロデューサーなのです。
近年、コーポレートガバナンス改革の流れの中で、CEOの選解任プロセスの透明化が求められています。あらかじめ選任基準や解任基準を定めておくことは、判断の客観性や透明性を高めるうえで重要なことです。
しかし、CEOの選解任は本来、ルールや基準だけで決められるものではありません。CEOは資格試験のように基準を満たしたから務まる仕事ではありません。将来の不確実性の中で会社を導き、人を動かし、最終的な結果に責任を負う。その資質や力量を、あらかじめ定めた基準だけで測ることはできないのです。
本来、一国一城の主であるCEOであれば、自らの進退について自ら判断する責任があります。また、CEOが自らの影響力を残すために後継者を選ぶことも避けなければなりません。後継者計画は重要ですが、それが現CEOの権力維持の手段になってはならないからです。
CEO自身が適切なタイミングで進退を判断できる、あるいは耳の痛いことでも率直に進言できる幹部がいる組織であれば、指名委員会の出番は少ないのかもしれません。
しかし現実には、そう簡単ではありません。
だからこそ取締役会や指名委員会が存在します。私は、現在のガバナンスや指名委員会の仕組みは、ある意味、最悪の事態に備えるための保険のようなものだと考えています。
社外取締役に求められるのは、ルールをなぞることではありません。
「選定基準を満たしている」
「手続きは踏んでいる」
そうした理由だけで判断するのではなく、この企業の未来を誰に託すのかを考え、自らの責任で判断することです。
CEOの選解任に万能のルールはありません。
あるとすれば、それぞれが持つ判断の軸だけです。
その判断に後から言い訳はできません。
だからこそ、CEOの選解任は社外取締役にとって最も重い意思決定の一つなのだと思います。
改革の成否を握るのは、実はミドルマネジメントです。
どんなにトップが熱心に改革を訴えても、現場の管理職が「上はあんなことを言っているけど、結局は業績だから」「ほどほどにやっておけばいいよ」と部下に言った瞬間、改革は失敗します。
社員は社長よりも直属の上司の言葉や行動を見ています。だから改革を進める上で重要なのは、ミドルマネジメントを改革の当事者として巻き込むことです。単に方針を伝えるだけでは不十分です。改革の中で何を期待するのか、どのような役割を果たしてほしいのかを明確に定義し、ミッションとして与えなければなりません。
私自身、全社的改革に取り組んだ際には、管理職全員の役割を見直しました。改革を推進する責任を明確にし、その遂行状況を評価の対象としました。それでも後ろ向きな管理職については交代も含めて見直しを行い、結果として約3分の1の管理職が入れ替わりました。
改革とは制度を変えることではなく、人の行動を変えることです。そして現場の行動を変える鍵を握るのがミドルマネジメントです。トップが改革を始め、担当部門が仕組みを作る。しかし、改革を現場で実現するのはミドルマネジメントです。彼らを巻き込み、役割と責任を明確にしなければ、改革は前に進みません。
ミドルマネジメントが背を向けた時、改革は頓挫するのです。
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働き方改革で最も難しいのは、
「なぜ好きなだけ働けないのか」
「もっと仕事をして成長したい」
「顧客の依頼を断っていいのか」
という、「もっと働きたい」社員にどう向き合うかでしょう。
私が働き方改革に取り組んでいた頃、「もっと働きたい」と多くの社員から反発を受けました。その話を他社の人事担当役員にしたところ、
「うちはモチベーションの低い社員にどう働いてもらうかで苦労している。おたくはうらやましい」
と言われたことがあります。
確かに、こうした社員が多いことは会社の強みです。私自身の経験からも、「その考え方は間違っている」とは言えません。
しかし、会社は法律というルールを守りながら勝負しなければなりません。たとえ疑問を感じるルールであっても、破れば反則負けです。だから、この点だけは譲れません。
大切なのは、ルールを守った上でどう成長し、成果を上げるかを考えることです。
そして会社には、そのための責任があります。
長時間労働に頼れないのであれば、より高い生産性を実現する仕組みをつくること。限られた時間の中でも社員が成長できる機会を提供すること。そのための育成や環境整備に投資することです。
指名委員会や報酬委員会について語られるとき、多くの場合、議論の中心は制度設計です。委員を誰にするのか、社外取締役を何名入れるのか、どのような権限を持たせるのか。もちろん、これらは重要です。
しかし、委員会が機能するかどうかを最も左右するのは制度ではありません。
委員長です。
同じ会社で、同じ委員が参加していても、委員長が変わるだけで委員会は別物になります。議論が活性化することもあれば、形式的な報告の場になってしまうこともあります。
良い委員長は、自分が一番話そうとはしません。
委員一人ひとりの意見を引き出し、異なる見解があれば議論を深め、最後に論点を整理して結論へ導きます。
一方で、委員長が自分の考えを強く主張し過ぎると、他の委員は発言しにくくなります。結果として多様な視点が失われ、委員会は本来の機能を果たせなくなります。
また、良い委員長はCEOとの距離感も絶妙です。必要な敬意は払いつつも、聞くべきことは遠慮なく聞く。その姿勢が委員会の独立性と適度な緊張感を支えています。
委員全員が率直に意見を言える場をつくり、議論を深め、結論へ導くことのできる人。そのような委員長がいる委員会は、経営に対して大きな価値を生み出します。
指名・報酬委員会は委員長で決まるのです。
日本人と外国人の役員の指名・報酬を担当していた時、最も大きなギャップを感じたのは報酬に対する姿勢の違いでした。
外国人役員との面談では、自らのポジションや報酬について率直に意見を述べることはごく普通のことです。
そのポジションの市場価値はどの程度か。
期待される成果は何か。
その成果に対して報酬は適切か。
報酬に不満があれば、「その条件では引き受けられない」とはっきり言います。
一方、日本人役員はほとんど報酬の話をしません。
「会社にお任せします」「報酬は気にしたことがありません」
そう言う人が少なくありません。
しかし、本当に気にしていない人はほとんどいないように思います。
本来、役員報酬は、その人に対する会社の期待と評価の表れであるべきです。であれば、高い報酬を要求する人が必ずしも問題人材とは限りません。自らの市場価値や期待される役割を理解し、その対価について会社と真剣に議論しているとも言えるからです。
逆に、「報酬には興味ありません」と言う人が健全とも限りません。評価や責任に対する意識が曖昧なケースもあるからです。
私は、役員報酬とは単なるお金の話ではなく、会社が経営人材に何を期待しているかを示すメッセージであるべきだと思っています。
だからこそ役員は、もっと報酬を語ってよい。
いや、経営者である以上、本来は語るべきなのだと思います。
そして会社側も、「高い報酬を求める人材」を問題視するのではなく、なぜその報酬なのかを説明する責任があります。
では、経営の役割とは何でしょうか。
私は、「社員の成長と企業価値の向上が好循環を生み出す仕組みをつくり、そのサイクルを持続的に回し続けること」だと考えています。
社員一人ひとりが成長し、その能力を最大限に発揮することで、企業は価値を創造します。そして、その成果を社員の報酬や成長機会、働く環境の改善に再投資することで、社員はさらに成長し、企業価値も高まっていく。この好循環を描き、維持し、加速させることこそが経営の役割です。
利益だけを追求して人材への投資を怠れば、このサイクルはやがて止まります。一方で、社員満足だけを追求しても、企業が価値を生み出せなければ持続できません。
経営に求められるのは、利益を人への投資につなげ、その投資をさらなる価値創造へと結び付ける循環を回し続けることです。これが私の考える「人的資本経営」です。
指名委員会・報酬委員会の運営で最も重要なのは、制度設計そのものよりも、
「この委員会を、何のために設置するのか」
について、関係者が本気で合意しているかどうかだと思います。
教科書的には「コーポレートガバナンス強化のため」ということになるのでしょう。
しかし、
実際の現場で問われるのは「どこまで本気でやるのか」です。
従来、CEOの専権事項に近かった役員指名や報酬について、社外取締役に
単に承認の“ラバースタンプ”を押してもらうためなのか。
それとも、
透明性や客観性を担保した議論を本当に行うのか。
企業によってそのスタンスは大きく異なります。
そして実際には、企業が置かれた状況や、取締役会・社外取締役の構成、
経営陣との信頼関係によって、最適解は変わるのだと思います。
だからこそ、委員会を「作ること」以上に
「何を期待し、どこまで機能させたいのか」
を、最初に社外取やCEOと握っておくことが重要と思います。